空想商會

日々の記録。料理やカフェや雑貨の話題が多めです。

国葬と魔術

 エリザベス女王国葬をライブで見た。

 期待どおりの素晴らしい国葬だった。バグパイプの調べ、近衛兵の行進、ダイヤを散りばめた王冠。荘厳なウェストミンスター寺院。ロイヤルファミリーと各国元首、カンタベリー大司教聖歌隊。葬列をひと目見ようと集まった何万人もの人々。沿道から手向けられる花々。

 秋晴れの青空。翻るユニオンジャック

 不謹慎ながら、大英帝国いまだ健在と思わざるを得ない威風堂々たる葬儀だった。伝統と格式は本物の敬意に支えられたとき最強の力を発揮する。テレビ越しにさえ、その強大なパワーを感じることができた。

 実際、あれは魔術だったんじゃないか。なかば本気でそう思っている。もうあんな大規模な葬儀を見る機会はないと思うので、まとまりのない話になるとは思うけれど感じたことを書いておきたい。

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   むかし、村上春樹源氏物語に言及して「怨霊ってリアルにいるよね」というようなことを語っているのを読んだ。また、別の本で「作家は物語を白魔術として使い、カルトは物語を黒魔術として使う」というようなことを書いているのも読んだ。*1

 女王の国葬の中継を見ながら、なぜかそのことを思い出した。そして本当に魔術というものがあるなら、この葬儀もそのひとつなんじゃないかと思った。何万人もの国民の弔意をひとつにまとめ上げ、国威として誰の目にも見える形に具現化すること。自国民に誇りを、他国民に畏れを抱かせ、新しい時代の到来に備える魔術。

 世襲制の国では、トップの交代直後に国が乱れやすい。内紛が起きやすいし、混乱に乗じて他国の領土を掠め取ろうという国はいつの時代も存在する。国王崩御という危機に際し、迅速に人心をまとめるためには呪術的儀式が必要だと、彼らは経験的に知っているんだと思う。

 国葬とは、故人に友好的な者には「私たちは揺らがない」という自負を、敵対的な者には「彼らには手出しできない」という自制をもたらす壮大な魔術じゃないだろうか。その首尾は、その後の国運に割とリアルに関わってくるんじゃないだろうか。

・・☆・

 ファンタジー小説のお約束で言えば、国の存亡に関わるほどの強大な魔術を発動するにはふたつの条件が必要だ。名もなき民の純粋な祈りと、それを背負って立つ勇者あるいは姫君の存在。

 今回の国葬はこの条件を両方クリアしている。25歳の若さで王位を継ぎ96歳で亡くなるまでの約70年間、生涯を国に捧げたひとりの女性に対して、国民は純粋に哀悼の意を表した。儀式は民衆の祈りを得て初めて魔術として発動するのだ。

 そして故人もまた並の人ではなかった。知性や人柄もさることながら、カリスマ性あるいは霊力としか呼びようのないものをたぶん持っていた。

 まず、あれだけの民衆の「気」を受け止めて平気でいられること自体が普通じゃない。それが好意であっても、多すぎる他者の思いはそれを向けられた者を疲弊させる。ましてや悪意は実際に人を殺しうる。

 少し悪口を言われただけで食欲がなくなるのが普通の人間だ。しかし国王ともなれば殺意を向けられることすらあるだろう。並の人間なら確実にメンタルをやられる立場に、あれだけ長くいて正気を保っていたのは特殊能力と言うよりほかない。

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 君主とは究極の人柱なのかもしれない。何でも思いどおりにできそうでいて、実は自由にできることは少ない。学校も仕事も選べないし、外出先も服装も結婚相手も制限される。絶大な権力を持ちながら、自分自身は基本的人権すら適用外だ。

 「法外な魔力を持っていながら、自分自身のためには決して魔力を使わない」的な、ファンタジー小説の主人公みたいな設定が近代国家の君主には求められているんじゃないだろうか。それができる自制心、奉仕精神、タフさをそなえた人物を「王の器」と呼ぶんじゃないだろうか。

 ずいぶん厳しいようだけど、その器を持たない人が君主になったら、それこそファンタジーの悪役みたいに、権力に酔いしれて濫用した挙句に自滅してしまうのだろう(ムスカ大佐とか)。巻き込まれる国民はたまったものじゃない。

 結論を言うと、女王はたぶん王の器を持った人だったのだ。人間だから欠点もあったと思うけれど、王の器量を持っていたこと、誰よりも国のために奉仕したことは疑いない。だから国民もごく自然にその死を悼むことができ、結果的に国葬を魔術として完成させることができたのだろう。

 我ながら妄想じみたことを言っていると思うけど、イギリスに縁もゆかりもない私がこんなに感銘を受けたのだから、やはりあれは魔法だったとしか思えないのだ。なんといってもハリポタの国だし。

 女王のご冥福を心よりお祈り申し上げます。*

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*1:村上春樹河合隼雄に会いにいく』『村上春樹 雑文集』いずれも新潮文庫 参照