空想商會

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『ランニングする前に読む本』田中宏暁

◼️ランニングする前に読む本

目次

 

1. スロージョギングとは?

本書は医学博士でスポーツ生理学教授の故・田中宏暁先生によるスロージョギング入門書である。

スロージョギングとは、歩くのと同じくらいのスピードからおこなう低速ランニングのこと。ただし、ゆっくり走れば何でもいいというわけではなく、トレーニング効果を確実に出すには少しだけコツがある。

  1. にこにこペースで走ること
  2. 歩幅を狭くしてフォアフットで着地すること

この2点を守れば誰でもスロージョギングは可能だという。著者によると、

  • 準備運動や筋トレは必要ない
  • 運動未経験者や高齢者でもできる
  • 消費カロリーはウォーキングの2倍
  • ウォーキングよりラクに痩せられる
  • フルマラソンを完走できるようになる
  • サブ3だって夢じゃない

著者が開催するスロージョギング講座では、70代でスロージョギングを始めてフルマラソンを完走した人もいるという。著者も市民ランナーで、50代で自己ベスト2時間38分48秒の記録を出したというから驚きだ。

 

2. 本のとおりに走ってみた結果

著者は「初心者でも最短3ヶ月でフルマラソンを完走できる」と言い切っている。

個人的な話で恐縮だが、最初にそれを読んだとき私は「いや、それはないだろう」と反射的に否定した。なぜなら私は走るのが大の苦手だったから。

私は学生時代、体育では5段階中3しか取ったことがない。マラソン大会は走るより歩く距離の方が多く、部活で2km走ればバテバテ。「私ランニング向いてない」と走るたび思い知らされる日々だった。

だから、普段ならこの手の本には見向きもしなかったはずだ。でも、その時はコロナ禍による運動不足で、肩こりと足のむくみに悩まされていた。体調がよくなるなら何でも試したい気分だったので、騙されたつもりで本のとおりにやってみた。

すると、なんと3ヶ月で自分史上最長の10km走れるようになったのである。

これは自分でも驚きだった。時速7kmという超低速ではあるにせよ、20代で2kmが限界だった人間が、40代にして10km完走できるようになったのだ。肩こりと足のむくみも改善し、BMIも19を切るまでになった。

この自験例をもって私は考えを改めた。ランニングが苦手な40代女性の私が3ヶ月で10km走れるようになったのだ。だったら若者、或いは中高年でも運動が得意な人なら、本当に3ヶ月でフルマラソンを完走できるようになってもおかしくない。

 

3. にこにこペースとは…

スロージョギングを軌道に乗せるには、「にこにこペースとは何か」を理解するのが近道だと思う。

結論からいうと、にこにこペースとは「息を切らすことなく、笑顔を保っておしゃべりできる上限のスピード」である。「ややキツいと感じる一歩手前のスピード」と言い換えてもいい。

にこにこペースの速度は人によって違う。ラン経験のない人なら時速3〜5km、ベテランランナーでは時速10kmを超えることもある。あくまで「その人が感じるキツさ」が基準なので、時速10km超でも「ややキツい」の一歩手前ならスロージョギングと定義される。 

にこにこペースで走ることは、ランニング初心者のハードルを下げるだけでなく、フルマラソンを完走する秘訣でもあるのだと著者はいう。

 

4. 乳酸が溜まらない上限の速度

実はにこにこペースとは、乳酸が蓄積しない上限のスピードであることがわかっている。

走る速度を上げていくと、ある速度を超えたところで急激に血中の乳酸濃度が上がっていく。乳酸が蓄積し始めるスピードを「乳酸閾値」と呼ぶ。乳酸閾値は人によって異なり、訓練すれば速くなる。

にこにこペースは乳酸閾値付近のペースである。つまり、にこにこペースでは長く走っても血中の乳酸濃度は上がらない。つまり、にこにこペースは誰でもラクに長距離を走れる上限の速度なのだ。

にこにこペースで走る乳酸が溜まらないのでラクに長く走れる楽しい!習慣化できる筋力・心肺機能UP→乳酸閾値UP→にこにこペース自体が速くなる→記録が伸びる達成感!習慣化が強化→…

この好循環を繰り返せばフルマラソンも完走できるというのが著者の主張だ(ホントかな?)

 

5. 糖を使うな、脂肪を使え


もっと重要なのは、走る速度によってエネルギー源として使われる物質が異なるという事実だ。高速で走る時には糖が、低速で走る時には脂肪が、それぞれエネルギー源として使われる。

糖はグリコーゲンという形で筋肉や肝臓に貯蔵されているが、貯蔵量は少ない。高速で走るとグリコーゲンが消費されるが、貯蔵量が少ないためすぐ枯渇して、ガス欠でバテバテになってしまう。

一方、脂肪の貯蔵量は多い。低速で走ると脂肪が消費されるが、マラソン 1回程度で脂肪が枯渇することはない。長距離をラクに走るには、脂肪をエネルギー源としてうまく利用することが大切だ。

にこにこペースは、エネルギー源が脂肪から糖に切り替わる直前の速度である。にこにこペースで走ればグリコーゲンは枯渇せず、マラソン後半の失速を回避することができると著者はいう。

 

6. 具体的な走り方は?

にこにこペースの大切さは理解できた。しかし実際に走ってみると、乳酸閾値以前にヒザが痛くて走れない…となるのも、よくある話。

故障予防のために著者が薦める走法は「フォアフット着地」だ。これは足裏の前寄り、足趾の付け根あたりで着地する走法で、踵着地に比べて衝撃が少なく膝を痛めにくいという。同じ理由でストライドよりピッチで稼ぐ走法を著者は薦める。

著者の推奨する走り方をまとめると、

  • 頭から足までを1本の軸として、
  • 軸を保ったまま前傾し、
  • 歩幅は狭く、
  • 15秒で45歩くらいのピッチで、
  • 体の真下に脚を下ろし、
  • フォアフットで着地する。
  • すぐさま斜め前方にジャンプし、
  • 2本の平行なレール上を走るイメージで走る。
  • もちろんペースはにこにこペース。初心者は心拍数 138-年齢/2を目安に、主観的キツさに合わせて±10回/分の範囲で調整する。

このあたりは頭ではなく体で掴むしかないところなので、実際に走ってみて自分に合っているか判断するといいだろう。

 

7. 科学的に走れ


3ヶ月試してみてわかったことは、スロージョギングは初心者でも無理なく取り組めるトレーニング法だということだ。

スロージョギングは、キツいと感じないのにトレーニング効果はちゃんと出る絶妙な運動強度を狙っている。そのメソッドは、著者の47年にわたる研究で得られた科学的知見に裏づけされたものだ。

残念ながら、著者はこの本を上梓した翌年の2018年、70歳で悪性腫瘍で亡くなられてしまった。でも、亡くなる前年までスロージョギング普及のために全国を飛びまわり、自身もサブ3を目標に現役市民ランナーとして走っていたという。

「計算どおりにおこなえば、結果は必ず出る」というのが著者の信条だったようだ。若干マッドサイエンティスト気味だけれど、それも一人でも多くの人に走る楽しさを知ってもらいたいという情熱があったからこそだろう。

 「走る医学博士」と呼ばれた異能の研究者が、人生最後に上梓した本である。読めば目からウロコ、昭和生まれの人なら「あの根性論はなんだったんだ…」と膝から崩れ落ちるだろう。ランニングに苦手意識を抱えている人にこそ読んでもらいたい。明日から走りたくなること請け合いだ。*

(2021/10/2記、2022/5/16更新)