KADOKAWAのジェンダー本刊行中止についてうだうだ考えたことをもう一度だけ。ネットを見ていると、
- マイノリティの人権 vs 言論の自由
- リベラル vs 保守
- フェミ vs アンチフェミ
- トランス vs トランスヘイター
と対立軸がぐちゃぐちゃに入り乱れて、刊行中止に反対と言うとトランスヘイターのレッテルを貼られがちになってる。でも現状はかなり違うような気がしていて。憶測だけど、問題の本質はそこじゃなくて、
- トランス vs 脱トランス
という対立軸がそもそもの発端なのでは?と思う。一種の内紛というか。
そこに目をつけた本物のヘイターが、「敵の敵は味方」論法で脱トランス側についている。一方でわたしのような通りすがりの第三者も、「トランス差別に反対だからこそ脱トランス差別もしたくない」という理屈で脱トランス側についている(脱トランスは究極のマイノリティだから)。
つまり、刊行中止反対派≒脱トランス側に、両極端な2種類の人間(差別主義者と反差別主義者)が混在していることが問題をややこしくしているのだと思う。
トランスを攻撃するために脱トランス側についてる差別主義者と、脱トランスの人権擁護の観点から脱トランス側についてる反差別主義者。刊行中止に反対なのは同じでも、動機はほとんど真逆だ。
で、ここからは100%妄想なんだけれど、トランス側の人達も一枚岩じゃなくて、脱トランスは裏切りだと感じるタカ派と、脱トランスに一定の理解を示すハト派が混在しているんじゃないだろうか。
仮にそうだとしたら、少なくともトランスハト派(仮)の人達と反差別主義の人達は、じつは全く対立してないどころか最初から同じ方向を向いてるわけで。それがネット特有の殺伐とした応酬の中で、あたかも敵対しているように見られてしまうなら、とても残念なことだと感じた。
まぁ、全て憶測なので当事者の方から「全然違う」と言われればそれまでなのだが。LGBTQについては素人だし。だからこそ、本書を読んで何が起きてるか知りたかったんですけどね。*