空想商會

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『妖花魔草物語』廣嶋玲子

最近読んだ本のご紹介です。

◼️『妖花魔草物語』廣嶋玲子(小峰書店

目次

 

1. 美しすぎる児童書

ふらりと入った本屋で見かけて、装丁の美しさに思わず手に取った。

表紙はビリジアンの地に金の箔押し。西欧アンティーク調の植物画と、髑髏を抱えて婉然と微笑む妖艶な美女(おそらくは樹木の精霊)。手に取ってみて「えー!!」とびっくり、推奨年齢小5・6と帯に書いてある。この装丁で児童書かい!? 今どきの小学生は目が肥えてんな〜と内心唸りながら、パラパラ中をめくってみる。

第一章を数ページ読んで、ぱたんと本を閉じた。読書歴◯十年の直感なめんな。これ以上立ち読みする必要などない。これ絶対面白いやつだ。今すぐレジへGO!

…というわけで、今この美しい児童書が私の手元にあるわけです。

 

2. 未来の幻想小説クラスタ

内容は「不気味な植物」をテーマとした短編集。もちろんすべてフィクションだ。児童文学なので文体は平易で読みやすい。ただし読む人が読めばニヤリとするはず。

だってこれ、明らかに特定の層を意識しているもの。どの世代にも一定数いる、頭はいいけどちょっと風変わりな子たち。甘酸っぱい恋愛小説やスリリングな冒険譚よりも、妖しく耽美で破滅的な物語に惹かれてしまう背日性の子たち。

私の読み違えでなければ、この本は潜在的な「怪奇幻想小説クラスタ」を意識して書かれたものだ。「児童向けゴシックホラー入門書」と言ってもいい。この本を気に入った子のうち何割かが、いずれ江戸川乱歩澁澤龍彦、ブラム・ストーカーやボルヘスに手を出すことになるだろう。

つまりは、それ系統の物語である。

 

3. あらすじ紹介

具体的には古今東西を舞台とする10の短編から成っている。以下、あらすじをご紹介(オチは伏せてます)。

1 処刑台のマンドラゴラ 

古都バイエルンの若き植物学者オットーは、万能の霊草マンドラゴラを手に入れるため恐ろしい計画を立案する。冤罪で処刑された人間の血を養分として育つマンドラゴラ、その生贄として彼が選んだのは、かつて彼の求愛を拒んだ美しい娘アガーテだった。彼女に魔女の濡衣を着せて処刑台に送り込んだオットーが得たものは…

2 幽霊芝(ゆうれいし)  

むかし東の大国に黒天山という山があり、そこに自生する幽霊芝なる茸を食すと頭脳明晰になるという噂があった。丹宗玄は凡庸な青年であったが、超難関の臣試に合格したい一心で幽霊芝を食したところ、はたして臣試に首席合格。前途洋々と思われたが…

3 悪魔の時計草 

ロンドンで放蕩のあげく死病に侵された青年は、親から事実上勘当され、療養の名目でノースヨークシャーの屋敷に厄介払いされた。死を待つのみの青年の前にひとりの紳士が現れて、時計草の苗を彼に渡し、花一輪ごとに彼の寿命を伸ばすことができるという。ただし花を咲かせるには生き物の死骸を土に埋めなければならない…

4 誘惑のウツボカズラ 

ヴェネツィアの美青年ロドリーゴは恋の名手。自分に陥せない女はいないと豪語する彼の前に、奇妙な老人が現れて賭けをしないかと誘う。ある商人の屋敷に異国人の女奴隷がいて、絶世の美女だがどんな男にもなびかないことで有名だ。もし彼女を陥せたら金貨をやると老人は言う。自信満々で受けてたったロドリーゴが見たものは…

5 朧の月下美人 

大萩の大臣の末息子、朧丸は眉目秀麗、頭脳明晰でありながら、人の世にあっては禍いをもたらすという託宣を生下時に受け、離れに幽閉されて一生を終える定めであった。朧丸を哀れに思った両親は、唐帰りの高僧から世にも珍しい花の種を譲り受け、せめてもの慰みにと朧丸に渡す。一年に一度、満月の夜に一夜限り咲くという、その花に魅せられた朧丸は…

6 潮騒の人魚草 

アイルランドの漁師町に乱暴者の少年がいて、荒れた生活を送っていたが、ある日小さな人魚が一匹、潮溜まりに迷いこんでいるのを見つけた。少年は人魚を自分だけのものにしたくて、甘言を弄して手なずけたうえで、瓶に閉じ込めて家に持ち帰る。しかし翌朝少年が見ると、人魚は死んでしまっていて…

7 死香のジャスミン 

アラビアの調香師セリムにはザイナブという恋人がいて、将来を誓いあう仲であったが、おしのびの国王に見そめられたザイナブは、後宮へ召し上げられることになってしまう。王に逆らう者は死刑ゆえ、セリムは泣く泣く運命を受け入れ、ザイナブの好きなジャスミンの香水を調合し、せめてもの手向けにと渡したが…

8 嫉妬の青真珠草 

伯爵夫人の狛王院桜子には久胤という優しい夫がいて、申し分のない生活を送っていた。だがある日、久胤が若い女と腕を組んで夜の街を歩いていたと友人から聞かされ、桜子は激しく動揺する。心から久胤を愛しているがゆえに嫉妬に駆られた桜子は、客のあらゆる悩みに最適な「薬」を処方してくれるという、妖しい薬屋「夕霧堂」の扉を叩く…

9 脇役のかすみ草

美しいが驕慢な性格のベラは、心優しい友人ジェニーの婚約者アランを略奪し、結婚にまでこぎつけた。自惚れの強いベラは自分の象徴である豪華な薔薇と、ジェニーの象徴である地味なかすみ草で髪や式場を飾り、自分が主役であることを参列者に見せつけるつもりだった。しかし結婚式当日、奇妙なことが起きる…

10 夢紡ぐもの 

メアリーは奇妙な夢に悩まされていた。小さな少女が毎晩夢に現れ、悲しげな顔でメアリーを見つめるのだ。夜毎に少女は成長し、娘になり婦人になり遂には老婆となってしまった。あなたは何を訴えたいの?教えて…!メアリーの呼びかけに老婆は一粒の実を与え、それを食べたメアリーはあることを思い出す…

 

4. 妖花魔草を生み出すものは

時代も国もさまざまな物語だが、共通するのは不思議な植物が出てくること。でも、それらを妖花魔草と呼ぶのは語弊があるかもしれない。植物はただそこにあるだけで、自分勝手な目的やよこしまな欲望のために植物を利用し、それらを毒草たらしめているのは他ならぬヒトである。

ある植物を毒草と呼ぶか薬草と呼ぶかは人の都合にすぎないように、妖も魔も人の心が生み出すもの。妖魔の物語を人が好むのは、それが人の心の物語であることを無意識に知っているからなのだ。

児童文学とはいえなかなかの読みごたえだった。これほどの作家さんの存在を知らなかったとは不覚、何処の御方で…と調べたら、なんとあの「銭天堂」の作者さんじゃないか!大御所じゃん!そっち方面はノーチェックだったわー。

児童文学、やっぱり侮れないねえ。*