トランスジェンダリズム(=性自認至上主義)について考え続けています。
基本的には当たりさわりのないことしか書かない方針の当ブログですが、この件はどうにもスルーしきることができず、自分の思考の軌跡として時々記事をまとめています。現時点において、私は以下に示す複数の立場からトランスジェンダリズムを警戒しています。
1. 医療に携わる者として
自分が関与したわけではないとはいえ、この現象によって引き起こされた世界規模の医療過誤*1に目を背けるのは、医療倫理的に誠実さを欠く気がします。日本では被害が表面化していませんが、海外の状況を注視する必要があると感じています。
2. 親として
たとえ他人の子であっても、未成年が若さゆえに結論を急ぎすぎて、健康な体に取り返しのつかない損害を与えてしまうのは痛ましい。性別適合医療の長期予後は現時点で不明なのだから尚更です。治療が必要な子がいることを否定はしませんが、自分の人生や育児経験を振り返ってみても、そういう子の数はそんなに多いはずがないというのが正直な印象です。
3. 女性として
男性器を持つ人が女子トイレに入ってくるのを不安に思うのは女性なら当然のことでしょう。それはトランス差別ではありません。女性専用スペースや女性スポーツは先人が涙ぐましい努力の末にようやく勝ち取った権利であり、それを無に帰そうとする動きには警戒せざるを得ません。
4. 読書好きとして
本に育ててもらったと半ば本気で思っている私は、書籍文化を支える表現の自由をかけがえのないものだと感じています。トランス活動家の常套手段である出版妨害は、表現の自由をおびやかして言論を萎縮させる行為であり、断じて認められません。
5. 科学を奉ずる者として
トランスジェンダリズムを一言でいうと、セルフID制*2を推進する運動です。生物学的性別に基づいて運用されている物事を性自認に基づいて運用しようとするもので、生物学的性別は性自認によって上書きされ消去(デリート)されます。トランスジェンダリズムは単なるLGBTの権利擁護運動ではなく、性自認という個人の主観を科学的事実より上位に位置づけ、社会制度ばかりか人々の思考体系まで作り変えようとするイデオロギーです。このイデオロギーの下では性自認に疑義を呈することは最大の禁忌(タブー)であるため、客観性を重視する科学は敵視され、弾圧されることになります*3。21世紀に科学が弾圧されるなんてびっくりですが、文化戦争とはそういうものらしい*4。このあたりはさらに勉強が必要なところと感じています。
なお、トランスジェンダリズムという思想とトランスジェンダーという属性は別の概念です。また、トランス当事者とトランス活動家も別の概念なのでご留意ください。私はトランスジェンダー当事者についてではなく、トランスジェンダリズムという思想について意見を述べています。
- トランスジェンダリズム≠トランスジェンダー
- トランス当事者≠トランス活動家
ややこしいけれど、この件に関しては言葉をかなり精密に運用しないと、簡単にマインドコントロールされてしまうので気をつけて下さい。私も十分気をつけます。
長くなったので今日はここまで。*
*1:参照 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5c7e10e686bcbf81ca25df254bf1b25c777049c5
*2:生物学的性別を否定し、性自認(セルフID)に基づいて社会制度を構築しようとする動き。「トランス女性は女性です」のスローガンに象徴される。欧米でこの政策を推し進めた結果、様々な混乱が随所で起きていて、大きな社会問題となっている。例えば、この制度のもとでは男性の性犯罪者が逮捕後に「自分の性自認は本当は女」と言い出したら、それを尊重して女子刑務所に収容しなければならない。海外では実際に女子刑務所に収容されたトランス女性(=生物学的男性)が他の女性囚人をレイプした事例が複数確認されている。
*3:この制度のもとでは、生物学的性別に関する科学的事実を述べることすら「差別的」と見なされ断罪される。実際に海外の大学で、生物学の教授が「トランス差別」したことを理由に解雇された事例がある。この教授が差別的とされた理由は、講義で〈性別はX染色体とY染色体によって決まる〉と解説したからであった。トランスジェンダリズムにおいては「性別は本人の性自認によってのみ決定される」というのが公理であるため、染色体で性別が決まるという「根拠のない迷信」を学生に押し付けるのは「トランスジェンダーの人権を侵害するヘイトスピーチである」という理屈である。
*4:この制度のもとでは、本人の性自認に異議を唱えることは医師ですら容易ではない(職を失いかねない)。そのため欧米では、10代の少女たちがトランス男性を自認し、乳房や子宮・卵巣を切除する性別適合手術に走るのを抑止することができず、成人になってから後悔して元の性別に戻る「デトランジショナー(脱トランス者)」を生み出すことになった。こうした世相に警鐘を鳴らしたのがアビゲイル・シュライアー著『Irreversible Damage』である。『あの子もトランスジェンダーになった』という邦題で角川書店から出版予定だったが、トランス活動家により出版中止に追い込まれた。その後『トランスジェンダーになりたい少女たち』と改題して産経新聞社から出版された。